Masuk第11話 死角
テラスの空気は、まだ熱を帯びたままだった。
彼方が二曲目のアニソンを入れ、瞬多と龍也が騒ぎながら合いの手を入れている。凱は酒を片手に笑い、そらはプールの縁に座って足をぱたぱた揺らしていた。
その輪から少し外れたソファーで、水琴は完全にぐったりしていた。
「……みーくん、もおねむい〜……」
頬が赤い。瞼も重そうだ。
颯馬は隣で困ったように眉を寄せた。
「だから飲みすぎだって言っただろ」
「んー……」
返事になっていない。
その時だった。
「俺、連れてくよ」
イッセイが自然な顔で近付いてくる。
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翌朝、颯馬が目を覚ました時には、カーテンの隙間から差し込んだ朝日がホテルの壁を細長く照らしていた。 昨夜は八〇二号室で水琴と過ごしたあと、龍也が戻ってくる前に自分の部屋へに戻っていた。 ほんの数時間前まで二人きりだったことを思い出すと、まだ身体のどこかに水琴の温度が残っているような気がして、颯馬は枕元のスマートフォンを手に取った。 メッセージアプリの通知が1件入っている。『起きた?』 水琴から届いたメッセージは、十分ほど前だった。『今起きた』 送ると、すぐに既読がつく。『おはよ』『おはよう』『朝ごはん一緒に食べよ』『じゃあ十分後に部屋の前で』 たったそれだけのやり取りなのに、口元が緩む。「朝から何ニヤニヤしてんだ?」 窓際のベッドから龍也の眠そうな声が飛んできた。「してないよ」「してたじゃん」「早く起きれば。朝ごはんなくなるぞ」 話を打ち切って洗面所に入ると、背後から「怪しいな」と聞こえてきた。--------- 朝食を済ませ、チェックアウトした一行は、貸切バスで首里城に向かった。 昨日の自由行動とは違い、今日は十四人全員での観光だった。 撮影スタッフも同行し、自撮り棒付きのカメラを渡されたそらが、バスを降りるなりレンズを自分たちに向ける。「沖縄最終日! 今日は首里城に来てまーす!」「朝から元気やなあ」
明かりを落とした部屋に、街の灯だけが淡く差し込んでいた。 交代でシャワーを浴びた後、二人は備え付けのバスタオルを腰に巻いただけの姿で抱きしめ合った。 颯馬の指が水琴の肌の上をゆっくりと辿ると、水琴は小さく身をよじり、喉の奥で甘い吐息を漏らした。「……くすぐったい」「ごめん」「謝らんといて。……気持ちええから」 水琴が身をよじり、目を細めて笑う。 その笑顔を見て、颯馬は顔を寄せキスをした。 舌が絡み、甘い唾液が混じり合う。 水琴の脚が自然と開き、颯馬の腰を挟むようにして引き寄せてきた。 下半身が密着した瞬間、互いの熱と硬さがはっきりと伝わってくる。 水琴が小さく身を震わせる。 颯馬は水琴を仰向けに押し倒し、その上から覆い被さるようにして、ゆっくりと唇を移動させた。 首筋から鎖骨へ、鎖骨から胸へ。 乳首に舌先で触れると、水琴の体が大きく跳ねた。「あっ……んっ」「みー、可愛い」 颯馬は一方の乳首を舌で転がしながら、もう一方を指で優しく摘まんだ。 水琴の背中がベッドに沈み、腰が小さくくねる。甘い吐息が止めどなく溢れてくる。 しばらく胸を弄んだあと、颯馬はさらに下へと唇を滑らせた。 腹の筋肉のラインをなぞり、へそに軽くキスをする。水琴の手が颯馬の髪を緩く掴んだ。「……そこ、くすぐったい」「我慢して」 腰に巻かれたバスタオルを外すと、すでに硬くなったものが露わになる。 颯馬はそれを見つめた後、一度水琴の目を見た。「触るよ」「……うん」 五本の指で優しく包み込む。 熱く、脈打つ感触が手のひらに直接伝わってきた。
ドアが閉まった瞬間、部屋の空気が変わった。 合宿所にいた頃のように、スタッフの足音も、他の候補生の声も聞こえない。ただ、空調の低い駆動音と、遠くを走る車の音だけが窓の外から届いていた。 水琴の部屋は、八〇一号室とほとんど同じ造りだった。二台のベッド、小さなテーブルと椅子、窓から見える那覇の夜景。 違っているのは、ソファーの上に水琴の荷物が広げられていることと、空気の中にわずかに漂う、水琴の香水の匂いだけだった。 水琴が部屋の中央で立ち止まり、少し照れたように笑う。「なんか急に緊張してきた」「俺も」 颯馬も正直に答えた。 水琴が少し固い動きで、ベッドの端に腰を下ろす。 颯馬も向かいのベッドに座ろうとして、途中でやめた。 そのまま水琴の隣に座る。 マットレスがわずかに沈み、肩が触れそうな距離になった。「葉月くん、いつ戻ってくるか分からへんしな」「龍也も」「せやから、今のうちや」 水琴がこちらを見る。目が少し潤んでいるように見えたのは、室内灯の反射のせいだろうか。「颯馬くん」「ん?」「今日、めっちゃ楽しかった」「俺も」「四人の時も楽しかったけど……二人きりの時が、一番やった」 そう言ってから、水琴は少し間を置いた。「正直、夜になったらもっとくっつきたいって、ずっと思ってた」 その言葉に、胸の奥が熱くなる。 颯馬は水琴の手を取った。 昼間、ベンチで小指だけを絡めた時より、はっきりと体温が分かる。 水琴の指が、すぐに応えるように絡みついてきた。「俺も、同じこと考えてた」
ステーキハウスからホテルに戻ったのは、午後八時を少し過ぎた頃だった。 ロビーで明日の予定を確認してから解散し、十四人はそれぞれの部屋に戻る。 翌日は朝から全員で首里城を見学し、そのまま空港に向かう予定なので、荷物は今夜のうちにある程度まとめておくようスタッフから言われていた。 颯馬も龍也と八〇一号室に戻り、買ったものをキャリーケースに入れていると、龍也のスマートフォンが鳴った。「瞬多からだ」「何て?」「八〇四でトランプやるから来いって」 龍也はベッドに座ったまま返信を打ち始めた。「颯馬も行くよな?」「俺はいいや。今日は結構歩いたし、疲れたからもう寝る」「もう寝んのか? まだ八時半だけど」「明日も朝早いじゃん」「じじいかよ」「うるせー、まだ二十歳だよ」 龍也は笑いながら立ち上がった。「じゃ、俺行ってくるわ」「うん。おやすみ」「まだ寝ねぇけどな」 カードキーを持った龍也が部屋を出ていく。 ドアが閉まる。 颯馬は数秒、そのまま動かなかった。 廊下から遠ざかっていく足音を聞きながら、ポケットからスマートフォンを取り出す。 一人になった。 しかも龍也は、しばらく戻ってこないだろう。 水琴を呼べる。 そう思っただけで、さっきまで感じていた疲れが急にどうでもよくなった。 メッセージ画面を開く。『龍也が804にトランプしに行った』 そこまで入力したところで、着信を知らせる表示が現れた。 水琴だった。『葉月くん、804にトランプしに行った』「
夕方、ホテルのロビーに戻ると、すでにほとんどの候補生が集合していた。 昼間まで観光客で混み合っていた国際通りも、日が傾くにつれて看板の明かりが目立ち始めている。 自動ドアが開くたび、車の走行音や人の話し声と一緒に、昼間の熱を残した空気がロビーに流れ込んできた。「おかえりー!」 ソファに座っていた彼方が、颯馬と水琴を見つけて手を振る。「そらと葉月は?」「あそこ」 彼方が指した先では、そらが今日撮影した映像を葉月と一緒に確認していた。 颯馬は水琴と並んでロビーの奥へ進む。 水琴の手首には、今日買った青い石のブレスレットがある。 それが視界に入るたび、店で「似合う」と言った時の水琴の顔まで一緒に浮かんできた。「颯馬くん」「ん?」「顔、ちょっとニヤけとるで」「おまえのせいだろ」「俺?」 水琴は何も知らないような顔をしたあと、すぐに嬉しそうに笑った。「ほな、ええわ」 颯馬が何か返すより先に、スタッフから集合の声が掛かった。 ロビーの一角に十四人が集まる。「全員揃ってますね。これから部屋の鍵を渡します。今回はツインを七部屋取ってあります。二人で一部屋なので、今から部屋番号と組み合わせをお知らせします」 スタッフが紙を読み上げる。「八〇一号室、颯馬君、龍也君」「はい」「八〇二号室、水琴君、葉月君」「はい」「八〇三号室、響君、日和君。八〇四号室、瞬多君、凱君。八〇五号室、カゲトラ君、ミンソク君。八〇六号室、まひろ君、彼方君。八〇七号室、そら君、イッセイ君」
アメリカンビレッジを歩き始めて一時間ほど経った頃、そらはある雑貨店の前で足を止めた。「俺、ここ見たい!」「俺も。さっき買えなかったお土産探したい」 店内を覗いた葉月も乗り気になる。 颯馬は隣の水琴を見た。 目が合っただけですぐに、何を考えているのか分かった。「じゃあ、ここから別行動にする?」 颯馬が提案すると、そらが振り返った。「二人はどこ行くの?」「俺たちも買い物。他に見たい店あるから」「あとで合流する?」「ホテル戻る時間もあるし、そのままでええんちゃう?」 水琴が自然に答える。 そらは特に疑う様子もなく、「じゃあまたホテルで!」と手を振った。 葉月もすでに店の商品に気を取られている。 二人と別れてしばらく歩いてから、水琴が後ろを確認した。「……行ったな」「行った」「やっと二人きりやな」 途端に声が弾んだ。「そんなに嫌だった?」「そらくんと葉月くんと一緒なんは楽しかったで。でも、それとこれとは別やろ」 水琴が颯馬の隣に並ぶ。「今日、ずっと楽しみにしとったもん」 そう言われると、颯馬まで嬉しくなる。 合宿所では毎日顔を合わせていた。風呂掃除の時間など、二人きりになる機会だって何度もあった。誰にも見られない場所で抱き合ったこともある。 それでも、恋人になってから二人だけで街を歩くのは初めてだった。「じゃあ、どこ行く?」「颯馬くんと二人な
土曜日の朝。 颯馬がまだ寝ていると、ベッドの外から騒がしい声が聞こえてきた。「海行こうぜ海ーっ!!」 彼方の声だ。おかげで目が覚めてしまった。「朝から元気だなぁ……」 日和が眠そうに呟く。 颯馬がカーテンを開けると、部屋の中はすでに休日モードになっていた。そらはオレンジ色の髪を揺らしながら水着姿ではしゃいでいるし、彼方はシュノーケルを振り回している。「颯馬くん! 早く準備して!」「お前ら早すぎだろ……」 まだ頭がぼんやりしている。 その時。「おはようさん」 水琴がベッドのカーテンを開けた。 オーバーサイズのタンクトップは襟が大きく開いていて、鎖骨や胸元があらわになっ
桐生水琴は自分のベッドのカーテンをそっと閉めた。 隣のベッドからは、すでに穏やかな寝息が聞こえてくる。 成田颯馬——引き締まった筋肉質な体格で、笑うと爽やかになるその顔が、今はカーテン一枚隔てただけで眠っている。 水琴は目を閉じず、カーテンの裏側をじっと見つめていた。部屋の明かりはすでに落ち、ただ小さなナイトライトだけが淡く透けて見えている。(……ようやく、始まったな) 六年前の記憶が、静かに蘇る。 水琴の兄・桐生実嗣は、当時二十一歳だった。水琴と同じく子役から俳優業を続けていた。 水琴がまだ十五歳の頃、兄は炎プロダクションの社長・緋崎炎と恋人関係になった。 炎は中性的
颯馬が戻ると、1号室のドアは、少しだけ開いていた。 元々あの有名プロデューサー炎の別荘だというだけあって、部屋は広い。二段ベッドを三台入れてもまだ余裕がある。ベッドの横には人数分の簡易クローゼットも設置されていた。 室内では、すでに三人が荷物を広げていた。 笑い声と、どこか浮ついた空気。合宿初日特有の、独特な高揚感。「ただいま」 颯馬が声をかけると、すぐに反応が返ってきた。「颯馬くん、おかえり!」 オレンジ色の髪を揺らして、そらが駆け寄ってくる。 近い。距離感がやたらと近い。 つぶらな瞳で見上げられて、颯馬は思わず視線を逸らしそうになった。「同じ部屋だね! こ
あの夜のことは、忘れられない。 高層階の窓の向こうに、東京の夜景が広がっていた。ガラスに映る光が、まるで星みたいに揺れていたのを覚えている。 背後から、低く甘い声がした。「颯馬、俺のこと好きなんだろ?」 振り向くより早く、腕を引かれた。 体が触れる距離に引き寄せられて、息がかかるほど近い。「……ねえ、俺を抱いてみない?」 その言葉が、冗談じゃないことくらい、わかっていた。 細い指が、俺の顎に触れる。逃げる理由なんて、どこにもなかった。 憧れて、焦がれて、やっと手に届いた人だったから。 ――あの夜、俺は初めて、炎さんを抱いた。 触れた体温も、息遣いも、全部、焼







